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干支の話

オレは暦の専門家ではないが、一応大まかな説明は出来る。それも猿でもわかるようにやれる。長年アホな生徒を教え続けてきたからな。


しかし、まぁ専門的なことはwikiでも見てもらうことにして、分からないこと・・・。

これは専門家の高島俊夫先生も分からないと言っておいでだから分からないんだが、子がネズミで丑がウシ・・・になった経緯。

で、なんで一つだけ架空の動物「龍」が含まれているのか。干支のご本家は中国だから、架空で縁起のいい鳳凰でも麒麟でも良さそうなのに、「龍」になったのはどうしてだ?雌雄がないからか?


それから、兄と弟・・・エト・・・が分からない。

十干(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)の漢字の読みに、木・火・土・金・水を当てはめたんだが、あぁぁこれは五行と言って中国でこの世を構成する要素をこの5つに分けたわけだ。


しかし、10個の漢字の読みに5つじゃ全然足りないじゃん。で・・・兄と弟・・・エト。

甲・・・木の兄・・・きのえ

乙・・・木の弟・・・きのと

丙・・・火の兄・・・ひのえ

とやれば10種類の漢字にぴったり当てはまるってぇわけだ。

と言うわけで、甲子は訓で読むと「きのえね」、音で読むと「カッシ」まれに「コウシ」になる。


大正13年が干支の最初の「甲子」に当たるから、その年に竣工した野球場が「甲子園」と名付けられたのは有名な話だ。


あとは、戊辰戦争とか、辛亥革命とか・・・干支で事件を表すことがよくある。


だが・・・戊辰戦争は、ちょいと事情があってですねぇ、その年は慶応4年かつ明治元年だったから、元号で呼べなかったのさ。

慶安のお触書、天明の大飢饉、安政の大獄・・・ねっ大抵は元号で呼ぶじゃん。ということは、昔の人だって別に「あぁぁ今年は辛亥だなぁ・・・。」とか思う人は少数派だったんじゃないかな。



ところで江戸時代の始まりは1600年とか1603年とかと言われてるけれど、江戸の初めの元号の慶長は1596年から1615年までなんだわ。どーしてだい?元号を定める実権が朝廷にあったってことなの?



あぁぁ1月の王朝研の集まりで、物知りに訊けばよかった。


どなたかご存知のお方は教えて欲しいなぁ。



ちょいと思い出したこと、宗教学者の鎌田東二だったか山折哲雄だったか、「平」のつく元号は波乱の幕開けだってぇことを書いていた。それは「平治の乱」という、何度学習しても人物関係が分からん壮絶な内乱が起こったりしたからだと記憶している。

小淵さんが「平成」の元号を晒した時から、すでに不吉なものが蠢(うごめ)いていた。

一連のオウム事件、左巻きの政権の誕生と阪神の震災、極左政権の誕生と東北の震災と原発事故等々。




ラジオをつけっぱなしにしていると、例のグァムの事件の詳細が耳に飛び込んでくる。そのたんびにラジオを消すんだが、そんな悲惨な詳細を報道せんでほしい。でもなぁ、オレはそのうち事件を忘れてしまうんだろうが、関係した人は一生悪夢を引きずって生きていくわけで、オレだってあそこのABCマートには何度か行ったのに、被害者と傍観者の境目はどこにあるんだよ。こんなことも「他人事」だからこそ、呑気にブログに書いていられるわけで、しんどい話だ。
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by obakeland2008 | 2013-02-15 03:03 | 勉強 | Comments(0)

まっ、備忘録ですな。


by 草庵主人
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